クリスマスに寄付する事が、上から下に見た 偽善にならない、大事な考え方3つ

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貧しい人、かわいそうなひとに、
憐憫の情をよせ、施しをすることは
偽善なのでしょうか?

確かに、持てるものが、持たざるものに、
「あたえる」という行為は「同情」から発せられ、
上下関係があると捉えられるでしょう。

アドラー心理学では、対人関係において、
すべての人は対等であるとしています。

すると、この、施しをする行為は、
間違っているのでしょうか?

今日は、クリスマスが、子供達にとって
「自分のためのプレゼントをもらえる日」
で、終わらず、少し考えてもらいたくて
重い内容にしました。

「慈悲」の起源から考える施しの意味とは

「慈悲」という言葉は、もともとは、仏教用語で、
仏教においては一切の生命は平等である。
それゆえ、怨親なく相手の幸福を願う心こそが、
人間の目指すべき理想であるというの
仏教の思想から来ています。

キリスト教では意味としては「愛」と
表現されることがこの慈悲にあたります。

『隣人を愛せよ』で有名なように、
同じく、人としては対等であると考えています。

つまり、寄付など施しは
仏様、キリスト様の代わりに、人類兄弟に
手を差し伸べる。

これが、もともとの考え方なのではないでしょうか。

それを、言葉遊びに走り、表面だけを捉え
「かわいそうな人」という表現が、
そもそも、下に見ている
信頼や尊敬がないから、同情であり、
勇気づけではない、と考えるのは、
私は、短絡的で浅いと思います。

⑴大事な考え方

神様に代わって、兄弟のために、仲間のために
力になることであるから、上下の問題ではない。

実録!私のボランティア経験は、
上下からではないと言い切れる理由。

恵まれないという現実を「かわいそう」と表現したら
すなわち、下に見ている事になるのでしょうか?

行動を実際に起こす人に、その議論はいらないと
私は思っています。

なぜか。

私が幾度も経験してきたからです。

インドのマザーテレサのもとで、1ヶ月
ボランティアをしていました。

恵まれない状況の子供達のお世話を
「させていただく」一ヶ月でした。

日々、マザーが大事に大事にされている子供達と
接していると、上下とか、施しとか
そういう考えがどうでもいい、そんな感じでした。

毎日、毎日、子供達の中に、神様を感じて
いたからです。

神様に奉仕させていただけるという幸せを
自然と感じたのです。

だから、実際に、行動を起こしている人は
これが同情だとか、上下だとか、偽善とか
そんな議論を必要としていないと、私は思います。

 

他にも・・・・・

カトリックの学校に12年間通い
「もう一人の友達」を意識する生活をしてきました。
高校生の時に始めた寄付を、長女の出産を期に
復活させました。

私にはフィリピンにもう一人、娘がいるのです。
小さな女の子の里親として、毎月、
寄付を継続しています。

そうです。

私の方に資産があるから、上から下です。

偽善でしょうか?

満足に食べられない「かわいそう」な子供だから
なんでしょうか?

違います。

毎月、お姉ちゃんと彼女の成長を喜び
文通をしながら、たくさんの気づきや学びを
得ています。

実際に、「施し」と呼ばれる事をしている人は
それが、偽善かどうか、勇気づけかどうかの
議論はしないと思います。

そんな議論より、同じ人間として、
できる事をしていく

それだけの事だから。

寄付も、しない人が、偽善とか欺瞞と
非難している気がしてなりません。

⑵大事な考え方

実際に行動している人は
偽善かどうかの議論の土俵にさえいない
その必要のない人。

なぜ施しがエゴとか上下とかに
見られてしまうのか?

実際に寄付など行動しているひとは
「かわいそう」だから、するのでなく
気がついたら、「したくてしている」

魔法の質問の「愛の選択」という状態です。

エゴからしていると誤認されてしまうのは
「愛の選択」ではなく「恐れの選択」で
行動している時。

つまり、しないといけないと思って
している状態です。

しなきゃいけない・・・だと、相手に見返りを
求めたり、期待をしてしまいます。
期待がはずれれば、悲しみ、怒る。

だから、「恐れの選択」なら、しなきゃいいんです。

「愛の選択」でしている人を非難する必要はなく
したくないなら、しなきゃいいんです。

上から下に施していると思われたくないと
人の目が気になる人。

愛の選択ができる状態に、まず、自分を
整える方が先です。

アドラー心理学勇気づけでは、まさに
人を勇気づけるより、まず先に、自分自身を
勇気付ける事、としています。

魔法の質問では、自分の心をひたひたに
しておくことが大事としています。

自分がヒタヒタの状態だと、人がどういうか
気になりません。
自分がしたくてしているんですから最強です。

そして、愛の選択の人は、相手の幸せを
心の底から信じ、願っています。

ですから、行為そのものをみれば、
もてるものがもたざるものに、施しを
与えているとなりますが

言葉遊びのように、これは「同情」だ
「あわれんでいる」・・・そういう議論
不毛だと思います。

⑶大事な考え方

寄付の前に、自分の心を整えて
愛の選択で、したくてしている状態に
することが先。

子供達に、寄付をどう伝えるか?

◎ペイフォワード、

◎情けは人の為ならず

この考え方を私は伝えています。

「ペイフォワード」とは、誰かから受けた恩を、
自分は別の人に送る。
そしてその送られた人がさらに別の人に渡す。
そうして「恩」が世の中をぐるぐる
回ってゆくということ。

「情けは人の為ならず」とは「情け(=親切)は、
いずれは巡り巡って(他でもない)自分に
良いことが返ってくる
(だから、ひとに親切にして
おいた方が良い)」ということ。

最初は、困っている人に「同情」する気持ちで
行動するかもしれない。それでも、しないよりまし。

そして、行動するとわかる。

「同情」の気持ちなんて、すぐに消えて、
たくさん、いただくものがあるということ。

自分がとっても貢献感で満たされて
自分の方が、与えらえたと感じること。

上下かどうか、で、行動の一歩が始まらないより
「かわいそう」「こまってそう」「たいへんそう」
という胸にぎゅーーーっと感じる、その
感じる心、感じた自分を大事に。

気持ちを表現するために、ちゃんと行動を
起こせたら、もっと素敵。

そして、そうすれば、くだらない偽善だといいう
議論なんて気にならなくなります。

だって、目の前のその人の幸せを
信じ、願ったのだから。

言葉の遊び、紙面の議論にせず
真に、相手をおもいやる心を
育みましょう。

それが、クリスマス。
キリストの望まれた世界だと思います。

クリスマス。寄付について、子供達と
考える機会になったらいいなぁ。

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